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うれしい便りです

 投稿者:/広瀬  投稿日:2011年 2月13日(日)01時46分54秒
  井上先生、大変うれしい便りをありがとうございます。
わたしたち3世代が10数人ほど連絡取れております。
皆さんと相談して、いちど科学部部室へお伺いする計画を立ててみます。
同窓会館への寄贈・収納は少し待っていただけませんでしょうか。

平尾台の発表スライドや背景説明テープなどがあればうれしいのですが。
15期生 広瀬 徹(現在 兵庫県尼崎市在住です)
 
 

懐かしい写真

 投稿者:小倉高校科学部顧問メール  投稿日:2011年 2月12日(土)23時23分14秒
  小倉高校の現在の科学部の顧問の井上です。
先輩方の代の懐かしい写真や超新星の研究論文集が部室から出てきました。
もしよろしければ、同窓会館に寄贈することも考えましたが、
是非皆さんにも見ていただければと思います。
研究論文のレベルの高さには私も驚きました。
日本学生科学賞にも毎年応募していたこともわかりました。
生徒は、50年前の先輩のレベルの高さに驚いています。
2年前は全国大会2位の記事が新聞に出た際に、励ましの手紙ありがとうございました。
昨年、本年は九州で第1位の表彰を受けています。
 

同窓会の様子を

 投稿者:/広瀬  投稿日:2007年 8月22日(水)09時26分45秒
  7/21に「小倉祇園太鼓を聴きながら」の同窓会を開きました。
朝枝さんのお嬢さんにも来ていただきまして、楽しい夕食会でした。
祇園太鼓の響きも懐かしいもので、何十年ぶりでしたでしょうか。
画像と動画で掲載しました。
 

お参りに行ってきました

 投稿者:/広瀬メール  投稿日:2005年 8月 2日(火)16時10分44秒
  朝枝さん、前田さんといっしょに7人で、深見先生のおうちへお参りさせていただきました。

奥様は、深見先生が編集・発行の世話をされていた歌誌「未来樹」の発行がすみ、ほっとされているご様子でした。

そのあと、真夏の平尾台に、3台の車で出かけました。
緑濃い、夏草の色と匂いは、懐かしいものでした。

感想をお聞かせください。
 

森永さん、内田さん、草野さん

 投稿者:/広瀬メール  投稿日:2005年 5月 9日(月)17時35分2秒
  京都での写真、先生、ちっとも変わっておられませんでした。
静かな学級の徒、というイメージでした。
先輩方も皆さんもそっくり同じで、あらためて不思議さを感じていました。

同窓会、次回は小倉でやろうということになると思いますが
近影などメールで送っていただければ、掲載して皆さんに見てもらえます。

今後ともよろしくお願いします。
広瀬 徹
 

前田さん、わたしも・・・

 投稿者:/広瀬メール  投稿日:2005年 5月 9日(月)17時18分18秒
  前田さん、わたしもです。
京都でお会いしていてよかった。
先生も遺稿の中に同窓会のことをいくつか書かれていたようでした。
人はそのように自分のありようを決めていくのですね。

空欄の言葉、先輩方の示唆で埋まりましたので、奥様にお知らせします。
奥様は、先のメールアドレスを使っておられますので、お出しください。
 

深見先生の訃報に心よりご冥福をお祈り致します。

 投稿者:森永 宏樹メール  投稿日:2005年 5月 9日(月)17時07分19秒
  広瀬さんのメールを見て驚きました。40年ぶりの同窓会ではお元気なご様子でしたのに大変残念です。高校はもちろん、大学も近かったので時々お伺いしお世話になったことが思い出されます。忙しさに取り紛れて、九州に帰ることが少なくなり、帰っても仕事のついでに立ち寄るだけで、先生にお会いできなかったことが悔やまれます。
深見先生有り難うございました。(合掌)
 

空欄の件前田推測

 投稿者:前田 芳夫メール  投稿日:2005年 5月 9日(月)16時07分51秒
  1、測量器具の件
 前田推測は「アリダード」ではないかと思います。平板測量には欠かせない器具で、当時使っていました。「トランシット、アリダードや平板であった。」の方が、並びが良さそうで、先生の言いたかった事では?

2、BGMの件
山崎さん他から、ご指摘の候補の他に、今すぐ思い出すのは下記です。
 チャイコフスキー : 胡桃割り人形
 スメタナ : モルダウ
その他メロディーは出てくるものの、曲名がおもいだせません。
これらの中で、先生が「  」の中に書きたかったもう1曲は、山崎さんと同意見で、シューベルトのアヴェマリアではないか、と強く思っています。

なお、前田メイルのmaeda@hisco.co.jpは、会社のメイル(東京のマンションでもモバイルなので、同一。)通常この方が見る頻度が非常に高い。
プライベートのメイルは、g-maeda@ivory.plala.or.jp です。これは、ひたちなか市の自宅のPCなので、見る頻度は非常に低く、かつ休みの日しか見ません。ただ、先週のように連休の時急ぎの場合等は、こちらが便利の場合もあります。
ご参考まで。
 

驚きました。非常に残念です。

 投稿者:前田 芳夫メール  投稿日:2005年 5月 9日(月)15時25分19秒
  連休明けて、広瀬さんのメイル拝受。大変驚きました。そんな!!一瞬言葉を失った次第。広瀬さんからのご丁寧な写真入ご報告深謝。読み進むに連れ、涙溢れて、、、今会社なので泣いてる訳にはいかないものの、、。昨年広瀬さんのお膳立てで京都でお会いできたのは、実に、因縁的ですね。先生も最後だと思っておられたのかも、、。40年ぶりに当時の思い等をお伺いする機会を得て、僕たちは幸せだったんですね。今はただ、ご冥福を、お祈りするのみです。
急にはむりですが、機会をみつけて、ぜひ一度ご霊前にお伺いしたいと思います。京都で頂いた深み先生の名刺にあったメイルアドレスは、まだ有効なのでしょうか?奥様にメイルしてみようと思います。
 
 

深見先生,色々なご教授ありがとうございました

 投稿者:内田武彦メール  投稿日:2005年 5月 8日(日)03時45分48秒
  連絡に,一瞬言葉を失いました。
近くに住みながら。
まだまだ色々お話をお聞きしたかったです。
多分,その間際まで,いろいろ勉強をされておられたのでしょう。
私も負けずに勉強します。
内田
 

空欄

 投稿者:山崎篤磨メール  投稿日:2005年 5月 6日(金)17時38分14秒
  平尾台スライド
「かって藤田先生が小倉中学で使用していたトランシット(     )や平板であった。」
(    )は、ポール、巻尺、クリノメータ、磁針、のいずれかでしょうか。

BGM
「...(    )の(    )も使っていた。」
平尾台スライドのBGMは前田芳夫さんたちの選曲で、前田さんに答えてもらうのがいちばん確かですね。とりあえず私が記憶している限りでは――
ビゼーのアルルの女間奏曲
ビゼーのカルメン間奏曲
ドボルザークの新世界より
シューベルトのアベマリア
などですが、さて深見先生はどの曲を思い出されていたのでしょうか。私は、シューベルトのアベマリアではないかという気がします。映画「ファンタジア」のフィナーレのシーンの曲でストコフスキーの編曲と指揮、Philadelphia Orchestraの演奏、Julietta Novisが歌っているものです。これは深見先生ご愛蔵のレコードを拝借して録音したような気がします。先生も愛着がおありだったかもと思ったりしています。
 

空欄のことですが

 投稿者:/広瀬メール  投稿日:2005年 5月 6日(金)12時49分6秒
  草野さん、書き込みありがとうございます。

「展覧会の絵」作曲者名:ムソルグスキー

小倉中学で使用していたトランシット(      )や平板であった。
-->検索してみますと
  「トランシット(セオドライト)は日本名で測角儀と呼ばれています」
   トランシットの次の名前はないようですが、先生は別な器械を
   記入しようとされていたので消化。

   BGMとして、「朝の歌」、「展覧会の絵」以外になにがありましたか。
   朝枝さん、前田さん、山崎さん、覚えておられませんでしょうか。
 

ご冥福をお祈りします。

 投稿者:草野祥三メール  投稿日:2005年 5月 6日(金)10時33分40秒
  広瀬さんよりメールをいただき、深水先生のご逝去を知りました。
わずか1年間しかご指導を受けることができませんでしたが、山登りスタイルで平尾台を颯爽と歩いておられるお姿が今でも目の前に浮かんできます。ご冥福をお祈りするばかりです。
先生の描かれた「阿修羅像」の絵、見事ですね。詩も書いておられたようで、多才な方だったのだなあ、と、生前に親しくしていただく機会に恵まれなかったことが残念でなりません。

それから、どなたも書き込まれていないようですので――「展覧会の絵」の前の空欄ですが、作曲者名ならばムソルグスキーです。あとはまったくわかりませんでした。
 

大変残念な知らせです

 投稿者:羽野 忠メール  投稿日:2005年 5月 5日(木)23時56分44秒
   ご連絡、有り難うございました。

 深見先生の訃報に接し、驚愕しています。昨年喉の手術をなさったとうかがった際、病気の怖さを聞いていただけに、とても心配しました。しかしOB会で先生のお元気なご様子を拝見し、ホット一安心したものでしたが、やはり病魔は冷徹な結論を下したのですね。大変残念です。ただ,救いだったのは、広瀬さんのご尽力でお元気な姿の深見先生にお会いすることが出来たことでして、改めて感謝申し上げます。
 深見先生の一途な生き方は、まさに教育者・研究者の真髄であったと思います。派手さや多弁を排してひたすら真理を探究・教育されたそのお姿に、「誠実」という言葉はまさに深見先生のためにある、との思いがつのるばかりです。残念ながら先生のお元気なお姿を拝見することはもう出来なくなりましたが、先生の生き方を心の糧として、小生も残された教員生活を全うしたいと思います。                                                         
                                                      合掌
 

悲しい訃報でした

 投稿者:/広瀬メール  投稿日:2005年 5月 5日(木)16時48分2秒
  朝枝さん、谷口さん、山崎さん
あんなにいっぱいやりたい事をもっておられたのに・・
書斎にも本当に本がいっぱいでした。
谷口さんから平尾台の写真近景が送られましたので掲載を準備しています。
 

お悔やみを申し上げます

 投稿者:山崎篤磨メール  投稿日:2005年 5月 5日(木)15時58分6秒
  広瀬さんからのメイルで、深見先生のご逝去を知りました。お悔やみ申し上げます。
昨年8月に広瀬さんの企画で京都で先生ご夫妻・科学部の皆さんと久しぶりにお会いしたときのことを思い出しています。先生はお元気そうで、藤田哲也記念館構想や気象学のご研究のことなど、これからやりたいことを筆談でお話しされておられました。私たち科学部部員に大きな影響を与えてくださった先生でした。
 

平尾台と蕁麻疹

 投稿者:谷口克彦  投稿日:2005年 5月 5日(木)15時52分33秒
  皆様ご無沙汰しています。
深見先生を偲んで、かみさんと封印を切手平尾台を歩きました。幸いな事に青龍窟は観光ルートから外れており昔のままでした。帰る途中から3日間上半身が痒くて痒くて寝られない・・医者は2時間以内に原因があるとの事、前の日の竹の子堀りもマテ貝取りもバーベキューで生肉を食ったことも全く関係なく、平尾台の草木か虫とのこと・・・祟りです
これは!!
 先月知り合いの新潟の小学5年生に小生が持って入る石をプレゼントしました。
老い先短い小生が持っているよりよっぽど良いと想いますよね。
中国山西省運城の山奥の鉄鉱石や微生物の化石など・・・、それにグアム島の珊瑚、秋吉台の化石入りの石灰石、ベトナムダナンの大理石 なぜか平尾台の石灰岩がないので
 方解石を少々頂戴して帰りました。中国産蛍石(CaF2)と一緒に今日送りました。
皆様には平尾台の写真を広瀬氏経由でお送りします。この投稿方式では写真送付方法を
知らないからです。               再見!  谷口克彦
 

お悔やみを申し上げます

 投稿者:朝枝剛メール  投稿日:2005年 5月 5日(木)11時35分13秒
  広瀬さんから深見先生がなくなられたとのメールをいただき大変驚いています。昨年夏、京都でお会できましたおりにはお元気でしたのに大変残念です。
平尾台の様子をライブカメラでみますと、こんなに開けてしまったのかと感慨深いものがあります。冬にカンテラを借りてほんの数名で青龍窟に入ったことや、週末に洞窟に行くことをお話した折の深見先生の心配そうなお顔を思い出します。
心からお悔やみを申し上げます。
 

追悼 深見守史先生

 投稿者:/広瀬メール  投稿日:2005年 5月 5日(木)10時19分28秒
  深見先生が亡くなられました。
 驚きましたが、先生の影響を受けている私たちは、先生の分身でもあるように思います。
 70歳、80歳までの少しの間、引き継ぎを引き受けていきましょう。
 掲載してあるメモの空欄の言葉をを教えてください。
 

写真、懐かしく見せていただきました。

 投稿者:草野メール  投稿日:2004年 9月12日(日)21時59分4秒
  皆さん、白くなったり薄くなったり出っ張ったりと……。40年以上も経ったとはいえ、紅顔の美少年たちの面影はやっぱり残っているものですね。楽しかったようで、私も無理をしてでも行けばよかったと後悔しているところです。
次は平尾台ですか? 大学1年の夏に帰省した時に行ったのが最後です。その折、懐かしくなって青龍窟に入ったのですが、かなり奥までいったところでカンテラが消え(その前にマッチを水に落としてしまって点火不能状態)、真の闇の中で方向感覚もなくなり動くこともできず、ああ、これで俺もおしまいかと……。半時間あまり経ったでしょうか、洞窟のおじさんがお経を唱えながら助けに来てくれ、無事帰還しました。
今は吹上峠までバスがあるのでしょうか……。
 

同窓会が懐かしく終わりました。

 投稿者:/広瀬メール  投稿日:2004年 8月27日(金)17時46分52秒
  40何年ぶりかでお会いする方もあって、なつかしい会となりました。
深見先生ご夫妻に来て頂いたのが民跡手もうれしかったです。
やはりいちばんの話しは平尾台調査、平尾台合宿でした。
デジカメ画像を掲載し始めています。
お互いの連絡網は、もう少し後で送ります。
今度は、平尾台現地で・・・
 

掲示板を開設します

 投稿者:/広瀬メール  投稿日:2004年 4月 5日(月)20時16分1秒
   科学部同窓会の掲示板を開きました。
 差し支えない情報を書き込んで下さい。

 どなたか「平尾台」のスライドと音声を保存されていませんでしょうか?
 あれば、mpgなどに変換しますが。
 

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